「学習は歳を重ねたほうが有利」——世界記憶力グランドマスターに聞く、ミドル世代の学び直しの秘訣

2022/05/25
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VUCAの時代と呼ばれ、これまで培ってきたスキルや能力の有効期間がどんどん短くなっている昨今。若手だけでなく、ミドル世代のビジネスパーソンにとっても学び直しの重要性が高まっています。

一方で、年齢を重ねるにつれ、学び直し自体には興味があっても行動に移せなかったり、自分に合う効率的な学び方が分からなかったりと、学び直しに難しさを感じる方が多いのも、また事実です。

そこで今回は、40代半ばで「記憶術」を学び始めてから、たったの10カ月で「記憶力日本一」となった、一般社団法人記憶工学研究所(MEI) の所長、池田義博さんに、ミドル世代の学び直しのコツを伺いました。

池田さんは新しいことを学び始める際、どのようなマインドセットや学び方を採用されているのでしょうか。学ぶことへの意欲、知的好奇心を失わないための生き方について紐解きます。

40代で記憶力日本一に。学習のコツは「抽象化」

池田さんが「記憶術」を学び始めたのは、40代半ばですね。

もともと理数系の大学を出てエンジニアとして働いたのち、家業を継いで塾の講師をしていました。そこで、学習に役立つコンテンツを求めてたどり着いたのが「記憶術」です。

記憶術を学んでいくうちに、自分自身の能力を高めることが楽しくなってきて、たまたま見つけた日本大会に出てみることにしたんです。10カ月間のトレーニングを積んだ結果、日本一になることができました。

その後、次は世界を目指してみようと、世界でもっとも大きな記憶力の大会に出ることに。世界一とはいきませんでしたが、日本人で初めて、世界に100人程度しかいない「記憶力グランドマスター」の称号をいただきました。

大会はどんな競技があるんですか?

大会によって違いますが、ランダムな数字を記憶する競技や顔と名前を記憶する競技、トランプの並び順を記憶する競技などがあります。

世界記憶力グランドマスターになるための基準は、1,000桁以上のランダム数字を覚えること、10組以上のトランプの並び順をシャッフル後に再現すること。記憶の速さの基準として、1組のトランプを2分以内に記憶することでした。

できるイメージが全く湧きません(笑)。10カ月で日本一になるために、どのような学び方をされたんですか?

大切なのは「抽象化思考」です。抽象化とは、新しく入ってきた知識と脳内にある既存の知識を組み合わせ、再編集し、新しい考え方を生み出すことです。

この時代、何かを学ぶための方法論は溢れています。しかし、それらの方法をそのまま取り入れるのではなく、共通している部分を見つけて、本質を掴むことを意識していました。

私が記憶術を学ぶにあたって、さまざまな方法がすでにありました。しかし、異なることを言っているように見えるそれらも、「記憶には感情が大切」という部分は共通していたんです。理由を調べた結果、脳の記憶の仕組みと感情には密接な関係があることが分かりました。

記憶のメカニズムを理解できると、具体化して学習方法に反映することも可能です。私の場合は、感情がより刺激される記憶法を開発しました。自分の状況やタイプに合わせて方法論をカスタマイズしたことで、記憶術をすばやく習得できたんです。

年齢を重ねても「学習に不利」にはならない

本質を掴むと習得は早いんですね。そうした「学習」は、年齢を重ね、ミドル世代に近づくにつれて難しくなるのでしょうか。

いえ、そんなことはありません。

私が40代で記憶力日本一になった際、ライバルには東大生や全人口の上位2%のIQを持つMENSA会員の方々がいました。私が彼らに勝てたことが、年齢を重ねたとしても、若い脳に勝てる1つの証明だと思っています。

さらにいうと、私は「学習は、歳を取るほどメリットがある」とも考えているんです。

学習に必要な「知能」には、大きく分けて2種類あります。1つは、報をすばやく処理したり、法則を発見したりする際に役立つ「流動性知能」。若い時にピークが訪れる知能です。

もう1つは、長年の経験から獲得していく「結晶性知能」。こちらは、積み重ねてきた経験や知識を利用して思考する知能のことです。当然歳を重ねるほどそれらは伸びていきます。

冒頭で話したように、学習のコツは抽象化。そう考えると、結晶性知能の高いミドル世代のほうが、新しい物事を学ぶのには有利だとも言えます。

脳の仕組みからみると、年齢を重ねたほうが学習に有利なんですね。しかしながら、ミドル世代の方々の中には、学び直しが明確なメリットにつながるか定かでないため、そもそも新しいことを学ぶモチベーションが湧きづらいと悩まれている方もいます。

学び直しを「全く新しいものを学ぶ」と捉えるとハードルが高いのかもしれませんね。しかし、「これまでの経験を活かして学ぶ」と捉えるとどうでしょう。

脳には「学習の転移」と呼ばれ、1つのことを極めると、その学びが他にも転用できる仕組みがあります。英語を学んだことがある人が、他の外国語も早く習得できるのが良い例です。

そう考えると、仮に、1つの分野しか学んでこなかった方であっても、脳の中には新しいことを学ぶためのエッセンスが備わっていることになります。脳の仕組みからみると、みなさんが想像する以上に学び直しのハードルは低いものなんです。

また、モチベーションの観点でいえば、「何を学ぶか」も重要。ビジネスパーソンの中には、将来役立つものを学ばなければと考える方もいらっしゃるでしょう。

しかし、「学習の転移」によってどんな学びも活かせる可能性があるならば、将来のことを気にしすぎず、好きなことや興味関心があることから学び始めてみるのも良いのではないでしょうか。

感情を表現することが「脳のアンチエイジング」に

たしかに、興味関心のあることが多い人は、いつも新しいことに挑戦しているイメージがあります。年齢を重ねても、いろんなことへの興味関心を持ち続けるにはどうしたらいいでしょうか。

先ほどの話でも出てきましたが、物事の「捉え方を変えてみる」ことが有効です。

「ジョブクラフティング」という言葉をご存知でしょうか。目の前の仕事の意味を捉え直し、モチベーションを高める手法のことです。

この手法を用いて、アメリカのとある大学病院で働く清掃スタッフのモチベーションが上がった例を紹介します。もともとその病院には、人の生死と近いところにありながら、直接的に患者を救えない清掃の仕事に無力感を感じるスタッフが多くいました。

状況を見かねた病院側が心理学の権威に講演を依頼し、「みなさんが清掃をすることによって、患者さんの気持ちが晴れ晴れし、安心安全な病院が保たれています。これは、大切な治療の一環じゃないですか? みなさんは実は治療スタッフなのですよ」と、清掃スタッフに向けて投げかけたんです。

すると、その日からスタッフの動きに変化がありました。これまで患者さんとの関わりを避けていたスタッフが積極的に話しかけるようになったり、中には、植物状態の患者さんが少しでも楽しんでくれるようにと、病室の絵の位置を少しずつ変えたりする人もいた。

清掃の仕事の捉え方を変えたことで、自分のやりたいことやできることの可能性を発見したんです。

この話は、学び直しにも応用できます。自分の人生やいまの仕事を客観的に見直すことは、新しく学びたいことや興味関心が見つかるきっかけになるかもしれませんね。

いま何に興味関心を持っているか分からない方は、まずは自分の経験や目の前の仕事について客観的に捉え直してみると良さそうですね。

その通りです。さらにもう1つ、興味関心を持ち続けるポイントを、脳の仕組みからお話しします。

結論を言えば、感情を感じる力(=感受性)を高めることが重要です。

世界には「スーパーエイジャー」と呼ばれる、80歳を超えてなお、脳の認知機能が20〜30代と変わらず、何事にも興味関心を持ち、挑戦し続けている人たちがいます。その方々の脳は、他の人よりも感情にまつわる部位が発達している。感情を存分に表現することが、脳のアンチエイジングになっているんです。

このことが私たちに教えてくれるのは、興味関心を見つけたいならば、「感情を抑えて、白けて生きていてはいけない」ということ。冷静に立ち振る舞うことが大人の嗜みと思われがちですが、脳の仕組みからいえば、大人こそ感情を表に出すべきなんです。

まずは簡単なことからでかまいません。道端に咲く花の美しさ、ご飯の美味しさ、お風呂の気持ちよさなど、日常にある感動に意識を向けてみてください。その繰り返しが、感受性を高め、興味関心を育ててくれるでしょう。

新しいことを学んでいる自分を「イメージ」することから

感情に素直であることが、興味関心を持ち続けるのにつながる、と。日々、仕事で忙しいビジネスパーソンが「感受性」を高めるためにできる工夫はありますか?

なるべく、ビジュアルで「イメージ」する癖をつけると良いです。たとえば、タスクに取り組む際は、事前にそれをしている風景や自分の姿をイメージする。すると単純に作業として処理する時よりも感情が動きます。それが感受性を高める良いトレーニングになる。

また、イメージすることは目標達成率を高めるとも言われています。脳は、脳内に浮かんだイメージと現実の姿のギャップを埋めるため、無意識のうちに身体に指令を出すんです。

たとえば、前の日にテレビでラーメン特集を見ていた人は、その番組を忘れていたとしても、次の日のランチでラーメンを選ぶ可能性が高くなる。心理学では「プライミング効果」と呼ばれる仕組みです。

学び直しをしたい方は、この仕組みをうまく使って、学んでいる自分をイメージすることから始めてみてください。それが脳のプライマー(刺激)となり、学びに必要な情報を勝手に脳が取捨選択し、行動を促してくれるはずです。

なかなか行動がしづらい方は、イメージから。脳の仕組みを学ぶと、新しいことを学んでみたくなります。

繰り返しになりますが、学び直しとは、ゼロから新しいものを学ぶのではなく、今まで学んできたものを活かすことです。

そういう意味では、スティーブ・ジョブズが話した “Connecting the dots(コネクティング ザ ドッツ:点と点をつなぐ)” は、非常に示唆深い考え方です。今、目の前でやっていることに一生懸命取り組むことが、回り回って、未来を切り開くといいます。

私の人生もまさにそうでした。メカトロニクス系のエンジニアとして製品の立体イメージを構想する習慣が、記憶術に活かされていたり、塾講師として作っていた教材が、著書『見るだけで勝手に記憶力がよくなるドリル』シリーズのもとになっていたりします。

自分が興味関心を持てるもの、好きなもの、得意なものに注力していくと、脳は活性化し、学びが促進されていきます。今日お話しした「学習の転移」や「ジョブクラフティング」、「プライミング効果」を上手に意識しながら、新しい学習の挑戦を楽しんでいただけたら嬉しいです。

一般社団法人記憶工学研究所(MEI) 所長 池田義博
大学卒業後、エンジニアを経て学習塾を経営。2013年、塾で使用する教材のアイデアを探していたときに、記憶法(アクティブ・ブレイン)と出会い、脳の使い方を学ぶ。それ以降、人間の持つ脳力の可能性に興味を持ち、独自にさまざまな記憶法を極める。2013年、「日本記憶力選手権大会」に挑戦、初出場で優勝し、記憶力日本一となる。翌年から2019年大会まで、出場した6回すべてで連続優勝という前人未踏の快挙を達成(2016年は不参加)。また、2013年には、ロンドンで開催された世界記憶力選手権において課題をすべてクリアし、日本人初の「記憶力グランドマスター」の称号を獲得。2021年、自らの体験をもとに記憶力・脳力開発の研究をすすめ、その普及のために一般社団法人記憶工学研究所を創設。著書、テレビ出演多数。

[取材・文] 佐藤史紹 [編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭
2022/05/25

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