いま急増する多拠点居住の会社員。Afterコロナ、キャリアと生活のリスク分散を考える

2020/07/06
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新型コロナウイルスの影響で経済活動をスローダウンせざるを得ない状況が続いています。「もしもいま勤めている会社が潰れたら、自分はこの先やっていけるだろうか」と不安が頭をよぎった人もいるかもしれません。一つの会社に勤め上げる、つまりは収入源を一つしか持たず、住宅ローンなど決して安くない固定費を払い続ける都市の生活そのリスクが顕在化し始めていると言えるでしょう。

こうした文脈でいま注目したいのが、月わずか4万円で全国約50箇所の多拠点居住が可能になるライフプラットフォームADDressです。

運営する株式会社アドレス代表の佐別当隆志さんによれば、以前は経営者やフリーランスなど場所にとらわれない働き方が可能な人たちの利用が中心でしたが、コロナ以降に利用者層が急増・急変し、現在では新規会員の4割が会社員になっているそう。テレワークが一気に標準化したことにより、ローコストで居心地の良い田舎を転々としながら都市の仕事で収入を得る生活が、サラリーマンであっても視野に入るようになりました。さらに、移った先の地域で新たな人間関係を築き、複数の仕事を得る人も現れ始めているといいます。

幸か不幸か通勤時間がなくなったいま、私たちは自分のキャリアや生活のあり方について立ち止まって考える時間を持ちやすくなっています。多拠点居住は私たちのキャリアや働き方にどのような新たな可能性をもたらしてくれるか、佐別当さんと考えてみましょう(写真は2018年6月・2019年5月撮影)。

東京の自宅を引き払い、月4万円のノマド生活に完全移行する人も

新型コロナウイルスの問題が発生して以降、家賃などの固定費削減の目的で「ADDress」を利用する人が出始めていると伺いました。運営者としてどんな変化を実感されていますか?

ADDressのもともとの思想は「安く住みましょう」という話ではありません。ですが、月4万円で多拠点で暮らせるというのは確かにコストバリューが高い。そこに気づき始めた人がいま新たに来てくれているという印象はあります。会員数はこの1、2カ月で倍増、メールマガジンの登録数は毎月6000人以上増えています。

全体からすればまだ1、2割に過ぎないのですが、感度の高い20代の会員の中には東京の自宅を解約してADDressだけで生活をしている人もいます。月4万円であれば年収200万〜300万円程度の人でも問題なく払えてしまう。この月4万円のプランでは一人に一台、専用のドミトリーベッドが必ず割り当てられます。そこを拠点に全国の個室を予約して転々とするのが彼らのライフスタイルです。こうしたニーズがいま高まっているので、月6〜8万円でドミトリーベッドではなく専用の個室を確保できるプランも新たに設けました。

南伊豆にあるADDressの拠点
南伊豆にあるADDressの拠点

都会で光熱費を含めて毎月10万とか15万円も家賃を払い、毎日満員電車に揺られて同じ会社に出社する生活は明らかにおかしい。そのことに気づいて都会を抜け出し、海外や地方に自分にとって暮らしやすい場所を見つける人はぼくらがサービスを立ち上げる以前からいました。そういう人は移住した先で自分で仕事をつくり、一方でリスク分散のために都会の仕事もしていた。ぼくらがADDressを立ち上げたのには、こうした暮らしを誰にでも手にできるものにしたいという思いがありました。

ただ、どこでも仕事ができる人でなければそうした暮らしは難しいですよね?

おっしゃる通り、ADDressの利用者はこれまでフリーランスのエンジニアや経営者、コンサルティングやWebマーケティングのサポートを仕事にしている人など、どこにでも仕事をもっていける人や、自分自身で仕事をつくり出せる人たちが中心でした。それがこの1カ月で新規会員のうち会社員の比率が4割くらいまで上がってきています。コロナの影響で多くの会社にリモートワークが取り入れられたことで、サラリーマンの人たちにもそうした選択肢が出てきたのだと思います。

「会社員4割」というのは驚きです。

いまはウイルスのことがあるので「多拠点を自由に移動して」というのは難しい状況ですが、この状況がもう少し落ち着けば、将来的にはこうしたライフスタイルを選ぶ人の数はもっともっと増えていくだろうと思います。

フリーランスの比率は欧米を中心に圧倒的に広がっており、2030年にはデジタルノマドと呼ばれる人たちが10億人、全人口の11%になると言われています。これまではリモートワークやフリーランスがマイノリティだった日本も徐々に世界の流れに同調しつつあり、いずれは100万人くらいがそうしたライフスタイルに移行してもおかしくありません。

今回の一件はその流れを加速させたと言えるでしょう。ぼくらが描いていた未来が早送りでやってきたような感覚があります。

茅ヶ崎の拠点で仕事をするデジタルノマドな会員の方
茅ヶ崎の拠点で仕事をするデジタルノマドな会員の方

箱物ありきの社会から、人・スキル・ソフトがベースの社会へ

自然豊かで生活コストのかからない田舎に暮らしながら都会の仕事で収入を得ることが、誰にとっても実現可能になりつつあるというわけですね。

そう思います。ただ、一方で地方移住は誰にでもできるほど甘くないことも事実です。知っている人が一人もいない、友達が誰もいない場所で暮らすことになるわけですから。

ADDressは各物件ごとに「家守」という名前で管理人を置いているのですが、この家守の存在がその点で大きな提供価値になっています。家守を務めてくれるのは多くの場合、その地域にもともと住んでいる人たち。彼らがADDressの会員と地域をつなぐハブ役になってくれるから、会員はその土地のコミュニティに溶け込み、地元の人たちと交流したり、仕事を見つけたりすることができるんです。つまりADDressには、全国50箇所の物件を拠点として使えるだけでなく、50の地域の人たちと知り合いになれるという価値があるんです。

家守と会員の方々
家守と会員の方々

ぼくがこのサービスを始めたのは、ぼく自身がこういう生活をしてみたかったからというのが大きな動機の一つでした。以前取材していただいたように、ぼくはそれまで都心のシェアハウスで家族と暮らしていました。こうしたシェアハウスでの暮らしには、シェアメイトや民泊のゲストと交流できるし、収入にもなるから住宅ローン返済に充てられるという経済的なメリットもありました。ですが、都会には自然がないし、自宅にいても常にいろんな人がいるからなかなかゆっくりできない「シェア疲れ」の問題も一方ではある。そこで、都心の暮らしと田舎暮らしのいいとこどりができないかと思い、軽井沢や箱根、房総などでいくつか物件を探し始めたんです。

知らない土地でいきなり契約するのはいろいろな意味でハードルが高い。しばらくは決断しかねていたのですが、最終的には熱海との2拠点居住をしようと決めました。熱海を選ぶ決め手になったのは、現地でカフェやゲストハウスを営んでいるある人と仲良くなり、その彼がいる場所だったら絶対に楽しいはずと思えたことでした。言ってみれば、家守の原型のような体験をぼく自身がしていたんです。

このように、豊かな生活はその地域に自分の居場所と思えるような人間関係ができて初めて手に入るというのがぼくの実感です。ADDressではその後も拠点を増やしているので、ぼくにとっての熱海のような場所が別府にも逗子にも北海道にもある。「おかえり」と言ってくれる人たちが日本中にどんどん増えていっています。その分、会員さんにとっての楽しい時間も増えているし、仕事もつくりやすくなっているのではないかと思います。

熱海の拠点にて
熱海にて

地方移住をためらう理由には、子供の教育や医療の問題もありますよね?

おっしゃる通りですが、住まい方が変わると、その住まい方をベースにあらゆることが変わっていくと考えられます。定住が前提だと、その近くにある学校や病院に通うのが当たり前ですが、多拠点居住=移動が前提になると、あらゆるインフラがそれに最適化された形に変わるのではないか、と。

例えば料理人であれば、どこか特定の場所に店を構えるのではなく、日本中、世界中を移動してさまざまな場所で料理を提供するスタイルが当たり前になる。ADDressの法人会員には訪問医療を中心に活動している医療法人もいるのですが、地方を転々として田舎暮らしを楽しみながら、医師が訪問医療をしたり、看護師がその地域の病院を手伝ったりといった例が実際にあります。

勉強だって必ずしも学校に通ってする必要はなくなります。10〜20人の子供がADDressの部屋を借り切ってある地域に滞在し、その地域全体を学校に見立ててフィールドワーク的に学ぶという話もすでにある。インターネットの勉強とフィールドワークを組み合わせるミネルヴァ大学のような学校も今後は増えていくでしょう。

都市と地方、2つの学校に通う「デュアルスクール」を活用する多拠点居住家族も
都市と地方、2つの学校に通う「デュアルスクール」を活用する多拠点居住家族も

医師にも学校の先生にも多拠点居住、あるいは自然豊かな田舎の暮らしがしたいという人はいます。地域で問題なく住める環境が整えば、アドレスホッパーとしての生き方を選ぶ人は増えていくだろうと思います。そうすれば、どの地域にいても教育や医療のサービスを受けられるようになる。これはその地域に住む人にとってもありがたいことですし、新しい学校や病院を建てるよりもずっと簡単です。

このように、定住前提の箱物ありきの社会から、徐々に人・スキル・ソフトがベースの社会になっていくのではないかとぼくらは考えています。

競争よりも、それぞれの強みを活かし合うシェアの精神で

この先のキャリアを考える上で、ほかにどんなことが大切になってきますか?

今回のコロナの件で、企業が一つのビジネスモデルに頼っている状態はリスクが大きいということが明確になったように思います。個人のキャリアについても同じことが言えるでしょう。大企業の正社員でいられれば安泰という時代がかつてはありましたが、もはやそうではない。フリーランスでもいいし複業でもいいですが、複数の収入源をもつことがすごく大事になっています。各地域に仕事をもつことは、こうした観点で考えてもとても意味の大きいことだと思います。

また、ぼくらのビジネスはサブスクリプションの定額制。そのおかげで今回のような事態でもだいぶ助かっている部分があります。短期的な、単発の売り上げをコツコツ積み上げるビジネスだけでなく、一定程度は安定して得られる収入源をもっておくというのは、会社にとっても個人にとっても大切になるのではないでしょうか。

いまは一つの企業に勤めている人がそういう状態を作るために、まずなにからやればいいですか?

大企業に勤めている人が誰でもいきなり起業するとかフリーランスとしての仕事だけで食べていけるわけではないと思います。ですが、月に数万円を稼ぐような副業から始めるのであればそこまでハードルは高くない。副業で小さく始めてスキルを鍛え、実績をつくり、自信をつけるというやり方がいいのではないでしょうか。それこそシェアリングエコノミーが進んだことにより、いろいろなかたちで働けるチャンスは増えています。会社員としてのいまの働き方がフィットしているのであれば、収入源としてそれがある前提で、趣味として新しくなにかに取り組んでみるのでもいいと思います。

その時に、特定のプラットフォームに依存するような働き方をしてしまうとその中での競争に巻き込まれてしまいます。どこでも仕事ができるようになるためには、プラットフォームを出ても勝負ができる、自分ならではのオンリーワン的なスキルや強みは常に意識しておく必要があるでしょう。

ただ、誤解しないでいただきたいのは、個人としてできることをどんどん増やし、自分一人でも生きられるようにならなければならないと言っているわけではありません。全員が自活できるフリーランスで、全員が競争相手という世界は、正直めちゃめちゃしんどいですよね。

例えば自分がそれまで子供向けのマーケティングをやってきて得意だったとしても、新しい事業を立ち上げるとなったらセールスだったり生産だったりも必要になる。そのすべてを自分一人でやろうと思ったら、結果として高いクオリティのサービスを提供することは難しいでしょう。そうではなく、何十人、何百人でチームを組んで、一人ひとりは自分なりの強みを生かして補い合う発想がいいのではないかと思います。そのほうが全体としての競争力は何倍にも高まっていく。自分の得意なものに特化して、得意でないところはシェアし合い、全体として競争力を高めていく考え方が非常に大事だと思っています。

こうした考え方をすれば、各地域で新たに仕事をつくることも想像しているほどには難しくないかもしれません。地域の人たちにとっての当たり前の暮らしがぼくら外の人間にはすごい価値として映るように、ぼくらにとっては当たり前のスキルがその地域の課題を解決するのに役立つケースは意外とたくさんあります。

また、そうやってさまざまな地域の人と仕事をするようになると、さらに価値観が変わっていくこともあるでしょう。ぼく自身こういったサービスを運営していて、付き合う人がその人の生き方に与える影響は大きいなあとつくづく感じます。ADDressを使い始めた時はまだ都会中心のライフスタイルだったけれど、豊かな暮らしをしている地域の人やほかの会員さんと交流する中で価値観が変わり、東京にある自宅を引き払ったり、フリーランスに転身したりしたという会員さんも少なからずいます。

ぼく自身もよく離島へ行って現地の人と交流するのですが、毎回感じ入るのは彼らの優しさで。助け合いやおすそ分けが当たり前。なぜあんなに優しいのかと感じることが多々あります。おそらくは佐別当さんもいろいろな地域で似た経験をされていると思うのですが、あの優しさの源泉はどこにあると思いますか?

日本だけでなく自然豊かなところで生きている人は世界中みんなそうだと思うんですが、地域には農業なり漁業なり、自然からの恩恵を受けた生活をしている人が多いじゃないですか。だから都会と断絶されても生きていける。彼らにとっては経済活動が止まることより自然を破壊されることのほうが怖いし、守ってきたしきたりが壊されることのほうが怖いはず。なぜかと言えば、そもそもが一人では立ち向かえない生活をしているから。生活の主軸というか、生き方のルールが都会とは違うのだと思います。

自分の力で生き抜いているというより、周りの人だったり自然の恵みだったりに生かされていると思えば、利他的な振る舞いも特別なことではなくなる。そういう意味でも自然のある暮らし、それを体現する人たちとうまく接続することができると、都会で生きてきた人は大きくマインドシフトできる可能性がありますね。

「自分も自然の一部である」と感じられる暮らしはとても心地いいと思うんですよね。経済活動の一部として、都会の一機能になってしまっているのとは全然違う楽しさがあるとぼくも実感しています。その実感が得られれば、働き方・生き方も自然と変わってくるのではないでしょうか。

だから、重要なのは生活コストを落とすとかそういうレベルではなく、ライフスタイル自体をもう一度見直してみることだと思うんです。この自粛期間をそのためのいい機会と考えたらいいと思います。自分にとっての幸せとはなんなのかを考えた上で、それに合った働き方・住まい方を模索してみる。多くの人にとってそれが可能な時代がもうやってきているんですから。

株式会社アドレス 代表取締役社長 佐別当隆志
2000年に株式会社ガイアックスに入社。広報・事業開発を経て、2016年にシェアリングエコノミー協会設立。内閣官房、総務省、経産省のシェアリングエコノミーに関する委員を務める。2018年に定額で全国住み放題の多拠点コリビングサービス事業を展開する株式会社アドレス代表取締役社長に就任。2019年にはシェアリングエコノミー協会常任理事に就任。

[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭
2020/07/06

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