「ミッドキャリア」+「インターンシップ」=「ミンターンシップ」という新しい働き方の選択肢

2020/05/25
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海外では最近、「minternship(ミンターンシップ)」という言葉が登場しています。

これは「ミッドキャリア」と「インターンシップ」を掛け合わせた造語。現在の職業やポジションに不満を感じる人たち、特にミレニアル世代の間で、ドラスティックな転職を目指し、今の地位を捨て、インターンとして働くことを選ぶ人が増えているというのです。

日本ではまだ聞き馴染みのない言葉ですが、このミンターンシップをすでに実践している人が少なからずいます。その一人が、東京大学を卒業後、外資系化学メーカー、立ち上げ期のメルカリを経て、「阿部梨園」という栃木の個人農家にインターンとして入社した佐川友彦さんです。

佐川さんはその梨園で、インターンという立場でありながら、それまでの経験を生かして数々の経営改革を実行。その後、正規従業員になり、現在では “農家の右腕”としての能力が世間で高く評価され、農家の経営支援を行うファームサイド株式会社の代表を務めています。

それまでも順風満帆かのようなキャリアを歩んでいた佐川さんはなぜ、農家での「インターン」を始めたのでしょうか? 「ミンターンシップ」という新しい選択肢の可能性に迫ります。

“農家の右腕” 3年間で500件の業務改善

「ミンターン」として入職された阿部梨園では、数々の改革を行われたそうですね。

当初から経営改革をミッションに、代表の阿部に改善提案をしていました。阿部が生産部門を担い、僕は生産以外のすべてを暗中模索のようにして進めていましたね。

最初に行ったのは農園の情報を洗い出すこと。当時、阿部梨園に関する数値的な情報は園内ではほとんどオープンになっていませんでした。梨園は個人経営、農園の情報とはすなわち「阿部家」の情報、わざわざ人に見せる必要がないものだったからです。

ですが、せっかく入社したからには、「表面をなめるだけのことをやっても仕方ないね」と阿部と話しまして。それで聖域を設けず、会社の情報を引き出し、整理していきました。

佐川さん(左)と阿部さん(右)
佐川さん(左)と阿部さん(右)

阿部は農園を変えていきたいと強く思っていましたし、社員の方々もまた、僕が新しいことを試すたびに面白がってくれて。

給与計算、梨の直接販売、そのための価格設定やブランディング、PRのためのWebサイトのリニューアル、さらには梨を詰めるパッケージデザインの刷新まで……文字通り、生産以外のことをどんどん変えていきました。

実施した業務改善は、インターン終了後も含む3年間で大小500件ほどでしょうか。ちなみにWebサイトのデザインを僕自身でやったりもしたんですよ。

そういう改善を繰り返した結果、それまで売り切れにはおよばなかった梨の直売率が99%を超えました。「阿部梨園の梨が食べたい」と言ってくれる人が増えたのが、なにより嬉しかったですね。

思い返せば、常に阿部の壁打ち相手になっていたと思います。経営に関することって、外の人には相談しづらいこと、分かってもらえないこと。そんな阿部の頭の中を覗かせてもらい、ロジックに落とし込んで、提案として返す。「農家の右腕」みたいですね。

そうしているうちに正規従業員となり、3年間勤めたあと、今はファームサイドという会社を作って、阿部梨園だけじゃなく、いろんな農家さんのコンサルティングやセミナー登壇などをして、日本各地で農業を盛り立てようとしています。

20代半ばなのにインターン? 環境オタク少年のこれまで

もともと、どのようなきっかけで阿部梨園にたどり着いたのでしょうか?

小さいころに環境問題に関する絵本を読み、「地球には寿命がある」と知って衝撃を受けて以来、地球を守ることを仕事にしたい、という使命感のようなものが生まれて。昔から環境オタクみたいな感じだったんです。

大学は東大の理工系に進学したんですが、やっぱり技術ではなく、自然のほうからアプローチしていきたい、と3年生の時に農学部に移りました。就活も、軸は環境問題とサステイナビリティ。環境ビジネスを支援する政府系金融やシンクタンクなどを見ていました。

最終的に選んだのは外資系化学メーカーであるデュポンで、ここなら社会へのインパクトを感じながらサステイナビリティに関われるんじゃないかと思いまして。実際に太陽電池の材料を研究開発する部署への配属が決まったときは、夢が一つ叶ったと感じましたね。

新卒1年目から国の研究所を母体として作られた100社くらいのコンソーシアムに参加し、20代半ばとしては申し分ない仕事をまかせてもらったと思います。シャープや京セラ、帝人など多様な企業から派遣された人たちと、合宿のようにカルチャーを共にして働いた経験は、僕のビジネスパーソンとしての基盤を作ってくれました。

ただ、期待に応えたい思いが強くて、働きすぎで体調を崩してしまって……。それでビジネスの中身だけじゃなく、どんな働き方なら自分の能力や価値を最大限に発揮できるのか、「研究」という枠を一度取っ払って、ゼロベースに考えるようにしてみたんです。

また、次はグローバルではなく、自分の住んでいる地域や顔の見える間柄、ローカルな仕事をしてみたいという気持ちも湧いていました。と言っても、そんなにスパッと次の道が見えたわけではなく、2、3年悶々と自分探しをしているような状態でしたよ。

結局、先のことは決めずに退職。フリマアプリのサスティナビリティに惹かれて、創業期のメルカリに入りましたが、それもすぐに離れることに。当時住んでいたつくば市から2時間かかる通勤に疲れてしまったんです。

今度は暮らしをベースに仕事を見つけようと思い、以前住んだことがあり、妻も気に入っていた栃木へ引っ越しました。そこで企業と人をつなぐNPOに相談する中で出会ったのが、阿部梨園でのインターンだったんです。

フラフラした道に思えても、感性と直感が点を線につなげてくれる

個人経営の阿部梨園は、これまでのキャリアとかけ離れた選択にも思えますが、なぜ惹かれたのでしょう?

入職当時の佐川さん
入職当時の佐川さん

阿部梨園から聞いた話は、経営が分からなくて、雇用が安定しなくて、規模拡大への体制が整わないということでした。この話を勝手に拡大解釈して、「経営全体に携われるのでは?」と思い、直感で決めたんです。

東大から外資へ、そこから個人経営の農家って、たしかにあんまり想像できない(苦笑)。ロジックというより、感性的に動いたとしか言いようがないですよね。

とはいえ立場は「インターン」、しかも4カ月という期限つきでしたから、不安はありました。農業に可能性は感じつつも、自分のやりたいことやキャリアに対して勝算のようなものがあったわけではありません。「生活や老後はどうなっちゃうんだろう……」という心配だって人並みにはありましたし。

周囲からしても「佐川くんは結局なにがしたいんだろう。どこへ行くんだろう」と、無茶というか、行き当たりばったりのように見えていたと思います。ただ、家族は「自分が無理なくやりたいことをやれるほうがいい」と言ってくれていたんです。やりたくないことだと煮え切らない人だ、と分かってくれていたから。

思えば、社会貢献ジャンキーみたいなところが昔からあって。いい所得、安定した職を得られることと、社会的に建設的なことができることを天秤をかけると、後者が勝ってしまうんです。実際に梨園で業務改善を進めていくと、阿部は自由にやらせてくれて、だから力を発揮しやすくて、それがすごく心地よくって。

それでも、畑に出ない人間をフルタイムで雇う気持ちや予算が阿部にあるのか、計りかねていたので、インターンとして4カ月目を迎える直前に、「従業員として雇ってくれるなら、農園に足りない部分は全部僕が補います」という志願書を、今後の経営方針に関する自分の考えをまとめた書類とともに渡しました。

今思えば、どこか大きい会社のポジションを選ぶより、自分の力を最大限に引き出してくれる「人」を選んだほうが、僕の人生にとって意味があるんじゃないかな、と感じたんでしょうね。もしかしたらその他のこと、例えば経営に携われる、だとかは、僕がここで阿部と仕事を続けていくための後づけだったのかもしれません。

佐川さんが阿部さんに出した志願書
佐川さんが阿部さんに出した志願書

だけど、というか、やっぱり収入はがっつり下がりました。生活の固定費は全部見直しましたね。家賃の安い家に引っ越して、入っていた保険は解約して、格安スマホに買い換えて、極力生活費を下げました。もう必死でした。自分と家族が食うのに必要な給料を作るために、一箱何千円という梨を買ってくれる人を見つけるのって簡単ではありませんから(苦笑)。

その後、増えた利益から配分して給料に上乗せしてほしいと阿部と話し、1年目こそ大変でしたが、2年目、3年目と年を追うごとに改善していきました。

今ではやりたい仕事で独立できましたし、だからトータルで考えたらプラスな選択をしたんじゃないかなって。感性と直感にしたがって動いたら、点と点が線としてつながった。選択した当時はそんなふうに楽観視できなかったんですけどね。

カルチャーが異なるところに身を置いてみる、そのときに起こる化学反応を楽しむ

とはいえ、ミドルキャリアで家族がいると、佐川さんのようにインターンを選ぶことはなかなか難しいのでは?

実はインターンってリスクが少ないとも言えるんですよ。「やっぱり違った」「あっちのほうがよかったな」と思っても、正社員ならすぐに辞めるわけにはいかないじゃないですか。それが飛び込んで違うと感じたら、離れられる。お見合いみたいに。

たしかに、これが40代後半とか50代とかになると、同じような選択、これまでとはまったく違う業種に、まったく違う立場で飛び込むことは考えづらくなるのかもしれません。

僕ももともとレールに乗っていたような人間でしたが、そこから一度外れたことで、それ以降は思いっきり野良道コースを選ぶようになりました。

たしかに、フラフラしているように思われるかもしれないし、実際、自分でもフラフラしていたと思います(苦笑)。だけど、そうする中で、自分がコミットできる仕事を見つけ、それに対する覚悟が決まった、と思っています。

インターンだったからこそ、無給だったからこそ、ここまで阿部梨園の内部には入れたところもあるんでしょうね。こちらの覚悟を感じてもらえたからこそ、言いたいことを言って、やりたいことをやらせてもらえた。「本当だったらお金をもらっていい仕事をタダでやっているんだぞ」って言うと、図々しいかもしれませんけど(笑)。

インターンで人を募集する会社の中には、正社員やアルバイトの募集では得られないものがあると感じ、それに期待しているところもあるように思います。外の風を入れたい、新しいチャレンジをしたいだとか。僕自身、阿部梨園にそういうカルチャーを期待しましたし、実感できました。

「ミンターン」って、プロボノとか週末副業、企業間留学に近いのかもしれないですよね。今を取っ払って、一度カルチャーがまったく違うところに身を置いてみる、そのときに起こる化学反応を楽しむ。そういうことから始めてみるのもいいのかもしれません。

ファームサイド株式会社 代表取締役 佐川友彦
東京大学農学部卒。外資系メーカーを経て2014年より阿部梨園に参画。500件の経営改善を実施して直売率99%超とスマート経営を達成した。その改善実例を無料公開したWebサイト「阿部梨園の知恵袋」は業界内外で話題を呼んだ。後にファームサイド株式会社を起業。講演活動や経営支援を行っている。

[取材・文] 水玉綾 [企画・編集] 岡徳之
2020/05/25

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