「サッカーを教えない」サッカーキャンプに学ぶ、不確実な時代を生き抜く人の育て方

2019/12/13
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世界保健機構(WHO)が定める「ライフスキル」をご存知でしょうか。

①意思決定、②問題解決、③創造的思考、④批判的思考、⑤効果的コミュニケーション、⑥対人関係スキル、⑦自己認識、⑧共感性、⑨情動への対処、⑩ストレス・コントロールの10個を「日常的に起こる様々な問題や要求に対して、より建設的かつ効果的に対処するためのスキル=ライフスキル」として挙げ、これらの修得を目指すよう、各国の学校教育に向けて提言しています。1994年のことです。

まさにビジネスの現場で必要とされる能力そのものという印象を受けるのではないでしょうか。特に、終身雇用・年功序列のモデルが崩れ、ビジネス環境が急速に変化し続ける不確実性の高い時代に入ったと言われる今、自分で考えて行動して・・・・・・というライフスキルの必要性はますます高まっていると言えるでしょう。

では、どうすれば私たちはライフスキルを身につけることができるでしょうか。また、上司がどのように振る舞えば、部下なり後輩なりに自ら考え、行動し、自律的に成長することを促すことができるのでしょうか。今回はオフィスを離れ、そのヒントを小学生向けの「サッカーキャンプに探りたいと思います。

「考える力」のない子供が増えている

―今日はライフスキルを学ぶためのサッカーキャンプ「サカイクキャンプ」について、その指導方法や大切にしていることを伺いたいと思います。

高峯 出鼻をくじくようで申し訳ないのですが、別にライフスキルを学ぶためにサッカーをするわけではないんですよ。サッカーは楽しんでプレーするもの。楽しくやっていたら結果的にそういう生きる上で大切なものが身についた。これが普通だと思うんです。

確かに会社としての弊社はWHOのいうライフスキルをベースに「考える力」「コミュニケーション」「チャレンジ」「感謝の心」「リーダーシップ」の五つが重要だと考えて、クローズアップしてやってはいます。ですが、現場として大切にしているのはあくまで子供たちが楽しくサッカーをプレーすること。その結果、この五つをうまく伝えられたらいいなという思いでやっています。

竹原 弊社はフットボールに関わる「プレーヤーを増やす」というミッションの下、サッカーの育成・普及に特化してメディア、リアル、リテールの三つの事業を展開している会社です。社員の多くはサッカーに選手、ファンとして関わってきた人間で、サッカーを通じて人生を豊かにしてもらった経験がある。それをより多くの人に体験してもらいたいという思いが、そうした活動の根底にあります。

残念ながら、最近もニュースを賑わせているように、指導者のパワハラや暴力といったものがいまだに存在するのが現実です。子供たちが「なんだかラグビーも楽しそうだぞ」と思って他のスポーツに転向するのは全然いいんですけど、そうした良くない指導が原因で、もともと好きで始めたサッカーやスポーツを離れてしまうのはハッピーじゃない。ぼくらとしてはそうした環境を変えていきたい。

だから、繰り返しになりますが、一番大切なのはあくまで子供たちがサッカーを楽しめる環境をいかに作れるか。そのためには子供たちを指導する指導者はもちろん、その関係を支える保護者のあり方も問われます。子供たちが自分で考えて、主体性を持って、楽しんでサッカーをするために、親御さんたちはどう関わっていけばいいのか。その情報発信をしているのが「サカイク」というメディアであり、実際に子供と接するリアルな部分が「サカイクキャンプ」というわけです。

―分かりました。五つのスキルは結果として身につくものであって、サッカーはそのためにやるものではない、と。では、そもそもどうして「ライフスキル」とか「考える力」といったことをうたい出したのでしょうか?

高峯 ぼくは過去に指導者としていろいろな年代と接してきたんですが、大学生の指導をしていた時に「大学生にもなってこんなことができないのか」と驚かされたことがたくさんありました。それは主にサッカー以外のこと。例えば挨拶ができないとか、チームがうまくいかない時に自分以外の人に働きかけて動かす力がないとか。それでいて陰では文句ばかり言っている。

サッカーそのものに関しても、例えば「こんな選手になりたい」という目標があるのなら、そこに実際に向かうためには「どんな練習をすればいいだろうか」と自分で考えることが必要になりますよね? ところが実際にそうしたことを考える選手は少ない。これはサッカーに限らないさまざまなことに通じるんじゃないかと思うんですけど、なにかターゲットがあった時に、そこへどのように向かっていくのかという力があまり感じられないなって。

であれば、こうした大切なことをすでに考えの凝り固まった大学生になってから教えるんじゃなくて、まだ小さいうちに伝えておいた方がいいのではないかと思った。このことが「サカイクキャンプ」のベースにあります。「こういうことがしたい」と思った時に「だったらこんなふうにして自分で考えることが大切だよね」ということをちゃんと伝えておくべきだと思ったんです。

サッカーはミスが前提のスポーツ

―ライフスキル、考える力を結果としてはぐくむ上でサッカーが優れていると考える点はどこにありますか?

竹原 サッカーってミスが前提のスポーツなんです。人間が一番器用に使えるのは手。その手が使えないので。今盛り上がっているラグビーもあんな形のボールを使うので不確実性が高いと言われますね。

サッカーはそれに加えて90分間試合が止まらない。もちろんボールがピッチの外に出たりゴールしたりすれば止まるけれども、野球やテニス、バレーボールのように毎回決まったところにセットされるわけではないから常に試合は流動的です。ポジションも一応は決まっているけれど「あなたはこの範囲から動いてはいけません」という話ではありませんから、より試合の状況は複雑です。

また、監督のサインを見ながらプレーするスポーツではないので、ベンチからの監督の指示をいちいち仰ぐということもありません。つまり、不確実性が高く、常に複雑で流動的な中、ゴール、スペース、ボール、相手選手、味方選手といろいろな状況の変化を見て判断しプレーしなければならない。これがサッカーというスポーツの特性だと思います。

―ビジネスも「不確実性の時代」と言われますが、言われてみるとサッカーほど瞬間瞬間の判断が求められているわけではないかもしれないですね。サッカー選手にはどうしてそれほど高度な判断ができるのでしょうか。あの短時間で文字通り「考えている」わけではないだろうと思いますが。

竹原 トッププロはプレー中には判断していないと言われますね。

高峯 そう。判断ではなく反応しているんです。

竹原 でもそれは普段のトレーニングの中でいろいろな選択肢の中から最適解を出すという訓練を積んでいるということだと思う。だから極限状態の試合の中でパッとそれを選択できる。

―なるほど。でも、サッカーにもともと考える力を養えるような特性があるのだとすると、なぜ先ほどの大学生のようなことが起きるのですか?

高峯 今はサッカーが人気だから指導者をやりたがる人が多いです。そういう人はだいたい真面目だし勉強熱心。だから知識がどんどん増える。増えた知識は伝えたいと思うのが自然です。もちろんそれがすべて悪いわけではないけれども、そのことが子供たちが考えなくなる大きな要因にもなっているのではないか、と。

特に小学生のような小さい時は、自分でいろいろなアイデアを出して失敗やうまくいかない経験をたくさんして、じゃあ次はどうしたらいいかということをまた自分で考えて・・・・・・というサイクルがすごく必要になると思う。その時に指導者が「ああしろ、こうしろ」「こうやっておけば間違いないんだ」とやってしまうと、子供たちは自分で考えることをやめてしまいます。

「三つ子の魂百まで」と言うように、小さい時のそうした癖は大人になってもずっと続きます。それで大学生にもなって「監督、どうしたらいいですか?」という質問をしてくるようになってしまう。小さい時から与えられて育ってきているから、待っていればそのうち答えを与えてくれるだろうという姿勢になる。指示待ち人間になってしまうんです。

竹原 結局、自分で考えて判断・決断できるかどうかは、子供のころから自分で判断・決断するトレーニングをどれだけ繰り返し積んできたかに尽きるのだと思います。

これはサッカーに限った話ではないと思っていて。日本の学校教育、それはまさにぼくらが受けてきた教育ですけど、その教育の先にあったのは、いい大学に入って一流企業に就職すること。それが人生を豊かに、幸せに生きていくためのレールだと決まっていましたよね。そこに効率よくたどり着くために、基本的には記憶ベースの学習法で詰め込みの教育を受けて育っていく。

その中では「なんのために算数を学ぶのか」とか「理科を学ぶことがどんなに楽しいか」とかいったことは、少なくともぼくらは教わってこなかったのではないかと思うんです。それはもちろん学校だけに問題があるということではなく、家でも一緒で。

「教えない」キャンプにおける指導者の役割とは

―知識や答えを与えるのが教育ではない、それでは自ら考える力をはぐくむトレーニングにはならないというのはとてもよく分かる話です。だとすると指導者はどのように接するのがいいのでしょうか。サカイクキャンプでは具体的にどんな指導を?

高峯 具体的に言うと・・・・・・サッカーを教えないです。

―でも、みんな「サッカーを教えてください」と言って来るのでは?

高峯 親はね。親は「なんとかトレセン(選抜チーム)に受かるため」とか「こんな技術を身につけさせたいから」とかいろいろおっしゃる。でも「そんなん急にできるか!」って(笑)。

最初に言ったように、一番の目的は彼らがサッカーを楽しめること。ぼくらとしてはそのためにできるだけ制約がないようにしてあげたいと思っています。だから、例えば集まったら即「はい、じゃあ楽しくやりましょう。ゲームしようぜ」。チーム決めは「みんなで決めて」。スケジュールも「ご飯と練習時間だけは言うから、良い準備をするために自分なりに考えて決めていいよ」。

だってサッカーって遊びですから。大人が「やるぞ」と言ってやるものじゃない。「サッカー=遊び、やらされるものじゃなくて、すごく楽しいものだ」ということを味わってもらいたい。一応は練習時間を決めてますけど、グラウンドをあけておいて「自由に使っていいよ」と言ったら、子供たちはずっとやってますよ。その姿を見てぼくらは「ああ、これだよな・・・・・・サッカーとか遊びって」と思うわけです。

―楽しんでいればいるほど、上手になりたいという思いも芽生えるはずだと思うんです。そのように放っておいて、外から新たなエッセンスを加えないと、学びのために必要な気づきが得られず、頭打ちになることはないんですか?

高峯 あまり感じないですね。・・・・・・ああ、さっき「なにも教えない」と言ったんですけど、「サッカーという競技におけるターゲット、目的がなにか」という話だけは徹底的に伝えていますね。

サッカーにおける最大のターゲット。それはもちろんゴールにボールをぶち込むことです。そして、守備の局面で言えば相手からボールを奪い、ゴールを守ることが大事になる。この二つに関しては攻撃の目的は何?」「それで本気でボールを取りに行ってるの?」などとしつこいくらいに投げかけて伝えています。

その上でじゃあどうやってゴールを取るのか、どうやって相手からボールを奪うのかというのは、まずは彼ら自身が考えることだということです。

―例えばボールを奪うこと一つとっても「このポジションにいるよりはこっちにずれた方がいい」とか「前の人が動いた時に連動して後ろの人も動かないと相手を追い込めない」とか、セオリーとされるものがたくさんあるだろうと思うんです。そうしたことを教えなくてもできるようになりますか? 彼ら自身が見つけていく?

高峯 そう、発見するんですよ。そのいい方法をぼくらも見つけたんです。

具体的には3対3のゲームで、ゴールをゴールマウスではなくドリブルしていってゴールラインを超えたら得点になるルールにするんです。そうすると守備側はボールを持っている人に対してチャレンジしないと、そのままズルズルとドリブルをされて失点してしまう。だからボールの近くにいる人は自然とチャレンジするようになる。

でも、ただ勢いよくチャレンジしたところで簡単に抜かれてしまったらダメじゃないですか。そうすると今度は二人目がカバーに行くようになるんです。最初は真ん中にデンと立っていたのに、自然とカバーしやすいポジションを取るようになる。もちろん時間はかかりますけどね。

ボールを持っている側には「どんどんゴールを目指せ」。守っている側には「ボールを取りに行け」。伝えていることはサッカーの本質に関わるたったそれだけの部分なのに、これだけいろいろなことを彼ら自身が発見する。「すげえな」って思うんですよ。

中には勘のいい子もいれば、その「発見」をするまでに時間がかかる子もいますよね。そうすると子供たちの間で話し合いが起きたりするわけですか?

高峯 起きる。まあ子供なんで「こうした方がいいよ」なんて言わないですが。「やれよ!」みたいに口は悪いけれども、そこにコミュニケーションが起きる。

だから「サッカーを教える」と言った時に、もちろんサッカーそのものを教えることも大事だけれども、彼ら自身がなによりサッカーを楽しみながら自然と学べるような状況・環境を作ってあげることこそがより大切な大人の役割ではないかと思うんです。

これはオフィスにおいても同じことが言えるんじゃないですかね。会社員の方も部下に対して「ああしろ、こうしろ」と言うのではなく、部下が自然とそうしたいと思うような状況を作ってあげる。それこそが上司の本来の役割ではないか、と。

もちろん口で言うよりずっと大変ですよ。「サッカーを教えない」というと楽そうに聞こえるかもしれないけれど、むしろその逆で。「ああしろ、こうしろ」と答えを示して、できない子がいたら「なんでできないんだ!」と怒鳴っている方がよっぽど簡単。なぜって適切に状況・環境を作るためにはずっと子供のことを観察していないといけないから。

子供の表情。話していること。もちろん直接にもコミュニケーションをとって、その話し方を見て「緊張しているな」とか「調子に乗っているな」とか。いろいろなことを感じ取らなければならない。それを見て「じゃあどう働きかけるのがいいのか」と考えなければならない。だからそれはもうしんどいですよ。でも指導者とか上司とかって本来そういうものですよね?

楽しむことこそが成果への近道

―同じことはオフィスでもできるということでしょうか?

竹原 高峯が言うように本質的には同じだと思います。でも、まったく同じやり方ができるかというとそうではない気がしていて。先ほど高峯が「大学生と小学生とでは全然違う」という話をしたように、大人には凝り固まった価値観がすでにある。自分が大事にしているものがあって、違うものを受け入れるのに時間がかかる。

高校生くらいまでならまだわりと素直だからできるかもしれないけれど、社会人に対してこのやり方をしてすぐに成果が出るかというと、その凝り固まったものをすぐに解きほぐすのは、ぼくは難しいと思う。

高峯 大人の場合はまずは凝り固まったものを理解してあげて、共感してあげて、「じゃあこんなこともできるんじゃないの?」といったプロセスが必要になる気がします。そういう関係性を作らずにいきなり「自由に考えろ」「自分で考えろ」とやってもハレーションが起きてしまう。ずっと手取り足取りされて育ってきた人が社会人になっていきなり違うやり方をされても、ね。どうしていいか分からなくなって、途端に会社に来なくなってしまうかもしれない。

―ビジネスの現場に応用するにはもう一つ、時間的猶予の問題がある気がします。サッカーを遊びとしてやるのであれば必ずしも日本代表になったりお金を儲けたりといった結果を出す必要はないし、焦る理由もない。多少時間がかかっても自由にやることで失敗をし、改善の必要性を感じて、自分で考えて次のアクションを起こし・・・・・・ということでいいと思うんです。でも、ビジネスでは多くの場合、それを待つだけの余裕がない。

高峯 でも、それが一番の近道だという気がするんですけどね。ぼくは大きな会社で上司の立場になったことがないので想像でしかないですが。部下の人たちが納得できる目標だけ示して、やり方はそれぞれ自由にやっていい、「この目標に対して自分なりにチャレンジしてみないか?」と働きかけた方が、すべて「ああしろ、こうしろ」とやり方を押し付けて、できない人に対して怒鳴り散らすよりよっぽど結果につながるのではないか、と。

なぜって前者のように自分ごととしてやる方が仕事は絶対に楽しいんですよ。ワクワクするだろうし、「こんなやり方をしてみよう」というアイデアだって出てくる。冒頭の話に戻るようですけど、会社員の方がサッカーから学ぶことがあるとすればそれはやはり「サッカーも仕事も楽しくやるのが一番」というところじゃないでしょうか。それが一人ひとりの主体性を引き出し、結果として成長や成果にもつながるというような。

もちろん上司としては、自由にやらせた結果部下が失敗した時には「自分がすべての責任を負う」姿勢も必要になるでしょう。だからこそ、楽しくやれるような状況・環境を部下が自分で、あるいは上司や指導者の人がいかに作っていくかが大切なんだと思う。難しいですけど。でも、だんだんとそれがしやすい世の中にもなってきていますよね?

株式会社イースリー 取締役/メディア事業部長 竹原和雄
写真右。リクルートを経て、イースリーへ入社。「サカイク」や、日本初の指導者向け動画サービス「COACH UNITED ACADEMY」、サッカーの育成・普及に関わる新たなD2Cブランド立ち上げなど、様々なスタートアップを担当。

株式会社イースリー サカイクキャンプヘッドコーチ 高峯弘樹
写真左。順天堂大学、ドイツへの指導者留学を経て、ベガルタ仙台ユース・ジュニアユース、大阪学院大学高校サッカー部、神奈川大学サッカー部などの監督を歴任。日本サッカー協会公認A級ライセンス、ドイツサッカー協会公認B級ライセンスを保有。

[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭
2019/12/13

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