起業家の思考回路でアイデアを形にする、新概念「エフェクチュエーション」

2019/10/02
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変化が速く、不確実性の高い時代と言われるようになりました。こうした先行きの不透明な状況では、これまでのように明確なゴールから逆算するようにして意思決定を下すのは難しくなるはず。では、どうすれば――?

ゼロイチで次々に事業を立ち上げ、成功を収めてきたエキスパートな起業家は、不確実性の高い条件で意思決定を行うプロフェッショナルと呼んでいいでしょう。私たちは、この先を生き抜くためのヒントを彼らに見いだすことができるかもしれません。

これまでの起業家に関する研究は、生まれ持った気質や性格、環境、時代背景などの条件で説明するものがほとんどで、私たち一般人にも学べるような形で、彼らの意思決定プロセスそのものを扱った例はなかったといいます。

インド人経営学者サラス・サラスバシーが提唱する「エフェクチュエーション」は、この点でユニークな研究であり、起業家の思考様式を初めて体系立って説明し、誰にでも学べる概念として抽出することに成功したとして、今注目を集めています。

不確実性の高い現代を生きる私たちに大いなるヒントを与えてくれそうな新概念・エフェクチュエーションとはどんなものなのか、サラスバシーの著書『エフェクチュエーション―市場創造の実効理論』の訳者の一人である立命館大学経営学部・吉田満梨准教授に伺いました。

立命館大学経営学部 准教授 吉田満梨

PROFILE

立命館大学経営学部 准教授 吉田満梨
吉田満梨
立命館大学経営学部 准教授
神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、首都大学東京都市教養学部助教を経て、2010年より現職。専門はマーケティング論で、新市場の形成プロセスに関心を持つ。主要著書に『マーケティング・リフレーミング』(有斐閣)、『デジタル・ワークシフト』(産学社)、訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)など。

エキスパート起業家の意思決定ロジックにある共通点

今注目を集める「エフェクチュエーション」とは?

『エフェクチュエーション―市場創造の実効理論』

連続してなんども新しい事業を立ち上げているようなエキスパートな起業家たちが、好んで用いる意思決定ロジックの集合のことをいいます。

提唱者は、現在バージニア大学で教鞭をとるインド人経営学者のサラス・サラスバシー。彼女の指導教官は人工知能の父とも呼ばれるハーバード・サイモンという認知科学の重鎮なのですが、サラスバシーはサイモンが人工知能を作る際に用いた「プロトコル分析」という手法を使って、起業家の意思決定プロセスを分析しました。

その結果、「4つの原則」「1つの世界観」としてまとめられる共通したパターンが見つかった。これらをまとめてエフェクチュエーションと呼んでいます。

「4つの原則」と「1つの世界観」

「4つの原則」と「1つの世界観」にはそれぞれ変わった名前がついています。順番に説明していきましょう。

1. 「手中の鳥」の原則(Bird in Hand)

自分が今持っている手段からスタートして、可能な結果をデザインする

「持っているものから始める」なんて当たり前のことと思うかもしれませんが、そんなことはありません。従来の経営学では、何を持っているか以上に、目的や特定の結果からスタートし、そこから逆算するようにして手段を選ぶのが合理的とされてきました。この考え方をエフェクチュエーションに対してコーゼーションと呼びます。

コーゼーション的な考え方では、例えば何かの社会課題を認識していて、それを解決するために起業しようという志を持っていたとしても、具体的にまずどんなことから行動すればいいのかは見えにくいところがあります。また、そのビジョンが仮にあったとしても、必要なリソースが全て最初から揃っているケースは稀であり、そのことが行動を起こす妨げになってしまいます。

エフェクチュエーションの考え方に従えば、すぐに行動を開始することができます。行動を起こした結果、起こす前には知らなかったことをたくさん知ることになれば、その後の進み方がより良くなったり、より創造的になったりといったことが期待できます。

一般に、誰もが使える「手持ちの手段」には「自分は誰か」「何を知っているか」「誰を知っているか」の三つがあるとされています。

「自分は誰か」というのは、性格、得意としていること、アイデンティティなど。「何を知っているか」というのは、その人のもつ知識のストックのことです。専門知識でもいいし、経験的に学習したことでもいい。他の人は信じていないけれど、自分はそう信じているといったことでもOKです。「誰を知っているか」というのは、その人のもつ人的ネットワークのことで、直接の知り合いでなくても、相談したいと思った時につながれる人であればカウントしていいとされています。

2.「許容可能な損失」の原則(Affordable Loss)

どこまでの損失なら許容できるかを基準に選択する

手中の鳥の原則に従って手持ちの手段から行動を開始しようと思っても、おそらくは複数のアイデアが選択可能なはず。そうした状況でどのアイデアを選べばいいのかということについて、従来の経営学では、「一番うまくいきそうなのはどれか」、また「一番成果が大きそうなのはどれか」という観点で選ぶのが最も合理的であるとされてきました。

けれどもそうした意思決定の仕方が合理的と言えるのは、予想された結果がちゃんと出せる環境において、です。ゼロイチのスタートアップやこれまでになかった市場を生み出すというのは極めて不確実性の高い状況であり、成果が出るかどうかはやってみるまで分からない。そうした状況でリターンが大きいものを選ぼうとすると、同時にリスクも大きくなりすぎてしまう問題があります。

不確実性の高い状況ではそもそも失敗は起こるものであるという前提に立つ必要があります。なので仮に失敗したとしても許容可能なのかどうかを基準に選ぶというのがエフェクチュエーションにおける「許容可能な損失」の原則です。

何をどこまで許容できるかは人によって異なります。多少のお金であれば失うことを厭わない人もいれば、そうでない人もいます。時間をどれくらい費やせるかも、おそらくはその人のライフステージや価値観によって変わってくるでしょう。また、失敗すると誰かしらの期待を裏切ることにもなるので、誰であったら許容できるか、どこまでだったら許容できるかというのも事前に考えておくべきです。

想定されるのが許容可能な損失の範囲内の失敗だと思えば、そのことが行動を後押しする力になるでしょうし、仮に失敗したとしても致命傷にならないので、失敗を学習経験に変えて、成功するまで何度でも持続的に挑戦し続けることができます。

3. 「レモネード」の原則(Lemonade)

不確実性や予期せぬ出来事をリソースと捉え、テコとして活用する

英語圏には「人生が酸っぱいレモンをえるなら、砂糖を入れてレモネードを作れ」という格言があるのだそう。「酸っぱいレモン」は、普通であれば食べられないし、いらないもの。ですが、そこに創造性やひねりを加えることで、すごく魅力的なものに変えられるということを意味しています。

不確実性の高い状況である以上、予測できない事態は必ず起こるものです。エキスパートな起業家であれば、ネガティブなことも含めて起こったことは全て積極的に使おうと考えます。例えばある層をターゲットとして考案した商品が全く受け入れられなかったとして、それでそのプロジェクトは失敗と考えるのではなく、むしろ学習経験と捉えて、「だったらこのように修正してはどうか」「別の層に当ててみたらどうだろう」と考えるのです。

アイスホテル
アイスホテル

「レモネード」でうまくいった例としてサラスバシが好んで挙げるのが、スウェーデンの「アイスホテル」のケースです。アイスホテルは建物も内装も家具も全て氷でできていて、冬にだけ現れ、春になると全て溶けてなくなるという面白い宿泊施設ですが、もともとはそのようなものとして考案されたわけではありませんでした。

当初は札幌雪まつりのようなアート作品を展示するスノーフェスティバルとして企画したのですが、イベント当日の雨で作品が溶けてしまうアクシデントが発生。苦肉の策としてワークショップを開催したところから、次々に新しい “建物” が生まれ、最終的に泊まれる施設になったのだそうです。

4.「クレイジーキルト」の原則(Crazy-Quilt)

顧客や競合もパートナーと見なし、提供される資源を柔軟に組み合わせて価値を生み出す

パートナーの大切さ自体はこれまでの経営学でも言われてきたことですが、コーゼーション的な考え方に基づいていたため、まず目的があり、そのために必要な手段を提供してくれる存在としてパートナーを捉えていました。

一方、エフェクチュエーションでは最初から明確な目的を持っていることを前提としていませんから、誰がパートナーであり、誰が顧客で誰が競合であるかは明確に定義できないという立場をとります。一見して資源を持っているかどうか分からない人や、普通に考えれば競合や顧客のように思える人であっても、つながれる人であればパートナーと見なして積極的につながり、その人たちがもつ資源を柔軟に組み合わせることで、価値を生み出そうとするのです。

例えば、私自身がエフェクチュエーションに関連することをやり続けているプロセスも、非常に「クレイジーキルト」的です。研究者である私がもともと持っていたモチベーションは「市場創造のプロセスを説明したい」というだけのものでした。それを説明し得るロジックとしてエフェクチュエーションと出会った、それだけで私にとっては大きな喜びだったのです。

けれども、エフェクチュエーションに関して小さな論文を書いたところから、自分でも思ってもみなかった方向へ事が運び始めます。私の書いた論文を見た他の大学の先生から「ぜひとも翻訳書を出すべきだ」と声がかかり、自分からやりたいと思っていたわけではなかったのですが(苦笑)、サラスバシの著書の翻訳作業に携わることになりました。さらに、苦労して出した訳書を読んだ別の方からは「これは起業家だけでなく、企業内でイノベーションに挑戦している人たちの課題を解決し得る」と評価をいただき、そこからよその大学でエフェクチュエーションに関する講義をもつに至っています。

つまり、私のように自分自身では明確なビジョンを持たない人間であっても、自分の持っているリソースの価値を最大化するようなビジョンを持った人が現れ、つながることで、物事をより良い方向へと進められるということです。

コーゼーションのメタファが目的に向けて必要なパーツを集めるジグソーパズルなのに対して、エフェクチュエーションのメタファはパッチワークキルトです。キルトの世界では実際に、大勢の人が布切れを持ち寄ってああでもないこうでもないと手を動かしているうちに、その場にいる誰一人として最初は思い描かなかったような、複雑で素晴らしい作品が出来上がることが度々起こるのだそうです。

5.「飛行機の中のパイロット」(Pilot-in-the-plane)

予測に頼るのではなく、コントロールによって望ましい結果に導く

五つめの「飛行機の中のパイロット」は、エフェクチュエーションの考え方全体に通底する世界観のようなものです。

航空機も宇宙船も今ではほとんどが自動操縦ですが、それでもパイロットが乗っている理由は、ルートを外れるとか故障するとかいった予測不可能な事態が起きた時も、パイロットが操縦桿を握りさえすれば、事前のプログラムがなくてもコントロール可能だからだそうです。エフェクチュエーションの世界観も同様で、予測ではなくコントロールによって望ましい結果に導くという考え方をとります。

「予言の自己成就」という現象がありますね。例えば「自分が今話している相手が私の話を退屈に思っているのではないか」と思ったとします。すると、そう思ったことが私自身の表情や仕草に表れ、それを受け取った相手が(もともとは退屈に思っていなかったとしても)やりにくさを感じ始める。その感情が今度は相手の表情に表れて、それを見た私が「やっぱり退屈しているんだ」と思う。勘違いから始まったとしても、それが結果として現実になる。これが「予言の自己成就」と呼ばれる現象です。

エフェクチュエーションにおけるコントロールもそれと似たプロセスと言えます。自分の手持ちの資源でいいので、まずは行動を起こしてみる。すると、そのアウトプットに対して反応する人が現れ、その人とのやりとりの中で、もともとは曖昧だった目指すべきビジョンが徐々に輪郭を帯び、そのことがさらに、私自身の行動を変えていく。

最初は「私」のプロジェクトとしてスタートしたものが、仲間が増えて「私たち」のプロジェクトになれば、そのぶん使えるリソースも増えるので、一人では到底実現不可能だったこともできるようになっていきます。例えば、世の中にまだない全く新しい事業をやる際には、規制や既存の枠組みと戦う必要もありますが、一人、あるいは一社だけでそうしたものを変えることは難しい。けれども、とりあえず動くことから徐々に仲間の輪が広がれば、望ましい環境へと変えていくことができるかもしれません。

「4つの原則」と「1つの世界観」

日本企業の課題は意思決定と行動の乖離

起業家の方がそのように考えるというのはなんとなく理解できますし、スケールは小さいけれども、自分のようなフリーランスが仕事を作る際にもそのように動いている実感があります。けれども一方で、大企業の中でエフェクチュエーション的に動くことには別の難しさがありそうです。

おっしゃる通り、とても難しいことだと思いますし、そこは現場の実践者の方々も含めてトライし始めている段階なので、「これがベストのやり方」ということは残念ながらまだ言えません。けれども、現時点でも言えることはいくつかあると思っていて。

まず、企業の中で個人としてエフェクチュエーションに取り組むことは可能ではないか。会社から求められる仕事はしつつ、一方でシャドーワーク的に、許される時間や権限の範囲の中で始めていく、というように。

ただ、こうした個人的な活動を企業の成果に結びつけるところに難しさが生じます。ここまでの話でお分かりかと思いますが、エフェクチュエーションはあくまで行動のためのロジック。その点、大きな組織であればあるほど、意思決定者と行動する人が別という問題があります。

ですから、もしもエフェクチュエーションの価値を理解していただけるのであれば、経営者なり意思決定者なりが行動の現場にまで降りてきていただくか、もしくは意思決定者の許容可能な損失の範囲内で、権限を下に委譲するというのが解決策になるのではないかと思います。

立命館大学経営学部 准教授 吉田満梨

ただし、ここで注意しなければならないのは、「許容可能な損失」の原則を守ることです。意思決定者がその範囲を逸脱してコミットしてしまうと、例えば「5000万円出すんだから必ず成果を出せ」といった無茶な要求として現れてしまう。本来は成果が出なくても、それを学習機会に変換して、ピボットして継続することこそが大事なわけで。「必ず結果を出せ」と言った時点で、それはもはやエフェクチュエーションではなく、目的から逆算するコーゼーション的な考えにすり替わっているわけです。

サラスバシ教授の研究はアメリカの起業家を対象にしているわけですが、日本企業特有の課題というのもありそうですか?

サラスバシが昨年初来日したときに感じたこととして挙げているのは、「スタートアップというより、大企業こそがイノベーションを起こさなければならない」というのが、日本固有の期待であり、課題であるということ。そのためにエフェクチュエーションをどう生かすのかというのは、先ほども触れたように、まだ取り組みが始まったばかりで答えが出ていません。

アメリカのように、大企業がただユニコーンを取り込めばいいのかといえば、そうではないと思っています。エフェクチュエーションの「手持ちの資源から始めよう」という言葉には、ほかの人がゴミだと思って見向きもしないものを「レモネード的」に積極的に活用していくことが大切、という意味合いが含まれています。その点で言えば、日本の大企業には活かしきれていないたくさんの余剰資源があるはずなので、それをどう活用するかを真剣に考えることが先ではないかと思います。

立命館大学経営学部 准教授 吉田満梨

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[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 八月朔日仁美

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