プログラミング教室→土日で作ったアプリが話題に。「LINEに画像→3秒で文字起こし」の舞台裏

2019/09/03
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長崎県西海市のベンチャー企業が開発したAIアプリが全国で話題を呼んでいます。アプリの名前は「文字起こしばりぐっどくん」。スマホのカメラで書類を撮影し、その画像を「LINE」で送ると、たった3秒でそこに書かれた文字だけを抜き出し、送り返してくれるという優れもの。

201973日に提供を開始し、その1週間後には、西海市の人口に匹敵する28000人にまでユーザー数が到達。地元の薬局からは「数百種類とある薬の在庫管理の仕事が大幅に短縮された」といった声が聞かれるなど、市民のクチコミを通じて今もなお利用者は増加中です。

「文字起こしばりぐっどくん」

「人口減少が進む地方でこそ、働く人たちの生産性を高める必要がある」、そんな思いから文字起こしばりぐっどくんを開発したのは、西海クリエイティブカンパニーの宮里賢史さん。プログラミング教室に半年間通ったのち、約1週間でアプリを作り、無料で提供し続けています。

そんな宮里さんに、地方発・小さなチーム・AI活用・急拡大するサービス誕生の舞台裏、そして、新規事業開発の鉄則を伺いました。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

PROFILE

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史
宮里賢史
株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役
株式会社西海クリエイティブカンパニー取締役、西海市シティマネジャー、ローカルメディア「ばりぐっど」編集長を兼務。人口27,000人の街の小さな役所と小さな会社でさまざまな事業を担当。2017年からはメディア事業、2018年からは電力事業、2019年からはAI事業をスタートさせている。

人が減らない社会ではなく「人が減っても大丈夫な社会」へ

―なぜ、「文字起こしばりぐっどくん」を開発しようと思われたのでしょうか。

今、長崎県西海市のシティマネジャーという仕事をしているんです。市役所の正規職員としてではなく、彼らと一緒に民間の立場で地方創生に取り組んでいます。そんな中、日々感じていた「人が減っても大丈夫な社会を作りたい」という思いから「文字起こしばりぐっどくん」を開発しました。

ただ、このアプリはシティマネジャーとしての活動の中で生まれたわけではないんです。人口減少で発生するさまざまな課題を解決するため、市の事業としてシティプロモーションや人材育成などをしていたのですが、どうしても行政が単独でやる事業に頭打ち感を感じてしまって、それで行政と僕らで組んで新しく会社を立ち上げたという経緯がありました。

というのも、市役所の場合、施策の実行部隊が行政になるので、どうしても単年度予算に縛られてしまうんです。年度末の3月に新たに施策案が出てきたとしても、「予算化されていません」という理由で却下になったり。もちろん行政だからそれは当然なんですが、市民の生活や世の中の動きそのものは年度末だからって止まるわけではないじゃないですか(苦笑)。 

もちろん、行政にも良いところはたくさんあって、一番は市民から信頼されていること、だからこそ大きなことができること。これには本当に助けられています。ここに民間の持つスピード感を足して、それぞれの強みを西海市という小さな街で活かして事業ができたらいいのにと感じていました。 

それで、2017年に株式会社西海クリエイティブカンパニーを立ち上げました。行政に応援してもらっているだけでなく、地元の親和銀行などからも出資してもらっているんですが、それによってパブリックなプロジェクトを民間で作り、動かすことができるようになりました。「文字起こしばりぐっどくん」もその一つです。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

―なぜ、宮里さんは自分で会社を起こすほど、地方創生に強い思いがおありなのですか?

西海市で働き始めたころ、海外から多くの観光客を集めている韓国・チェジュ島にシティプロモーションの勉強も兼ねて視察に行ったんです。そのとき、「むしろ、私たちのほうこそ日本に教えてもらいたいんだ」って、チェジュ島の方々に逆に質問されたんですよ。

 「チェジュ島はうまくいっているように見えて、実はそれは一部の地域だけ。高齢化が進んで、おじいちゃん、おばあちゃんばかりになっていく街だってもちろんある。だから、日本から学びたいんだ」と。まさか、チェジュ島の一大観光産業を作った人たちからそんなことを言われるなんて思いませんでした。

ただ、そのとき思い浮かんだんです。「これから自分がする仕事は、東アジアの課題を解決するヒントになるのかもしれない」って。西海市は、九州の小さな街にすぎないかもしれないけど、人口減少や空き家問題・・・ 課題の最先端にいるんだ——。そんなことがあって、3年ほど前からシティマネジャーの仕事をはじめ、地方創生のに力を入れるようになったんです。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

ただ、いざ街の人に話を聞いてみると、見えてきたのはやはりシビアな現実でした・・・。それは、自分が住む地域に強い思いを持つ人はたくさんいる、だけど、その地域のために自ら動ける人はごく少数だということ。

こんなお祭りをやりたい、高齢者に居心地の良い遊び・買い物・病院がセットになったコンパクトなコミュニティセンターを作ろう——「こういうのやろうよ」って、市役所に持ち込む人は意外と少なくないんです。だけど「いいですね。この事業はあなたがやるんですよね?」と返すと、「いや、私じゃない。人はこれから見つけてきます」となってしまう。

どんなプロジェクトも、自分でやる覚悟のある人が一人でもいないと厳しいじゃないですか。頓挫してしまう理由の多くは、人。担える人がいないだとか、継いでくれる人がいないだとか。あるのは、実行する人がいたらできるいいプロジェクトの「アイデア」ばかり。人口減少の課題を解決するための施策を行うこと自体が、人口減少の問題に突き当たってしまうんです。 

そうした中で、地方が問題だと思っている「人口減少」「人が減ること」はそもそも悪いことなんだっけ・・・? と考えるようになりました。「人が減る」というのがもうどうにもならないシナリオなんだとしたら、むしろ「人が減っても大丈夫な社会を作る」ことを考えたほうがいいじゃないかって。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

それに、社会をこれまでの「ヒト・モノ・カネ経済圏」ではなく、これからの「デジタル経済圏」として捉えたとき、「人の数」ってそんなに重要じゃなくなるんじゃないかとも思うんですよ。

そもそも「この街への移住者を増やしましょう」というのは、日本国内でパイの奪い合いをしているのと同じ。結局、県外から人を誘致するための予算が潤沢にある街に人が増える、いわばマネー勝負なんです。

だけど、西海市のように人口10万人以下の自治体ってお金も力もないから、今後街を急に活性化させていくのは簡単じゃない。西海市が福岡のような大きな街と同じ戦略を取っても負けるのは、目に見えています。だったらなおさら、「人の数に依存しない勝負」をしないといけないんです。

デジタル経済圏の新しい物差しは「人と技術とカルチャー」です。人というのは、そこに住む人の数ではなく、人の心を動かすプロジェクトを前に進められる人のこと。そして、その人たちが活用できる技術やカルチャーがあることが大事。それが、地方の街が人が減っても大丈夫な社会になるための鍵だと思っています。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

結局、「やるの? やらないの?」と個人を責めても、地方創生の問題は解決しないって分かってきたんです。地域に強い思いを持つ人はたくさんいる。経験のある高齢者だって、元気がないと責められることの多い若者だって、「明るい未来を描きたい」という気持ちはあるんです。

いろんなことが動き始めたのは、20187月にプログラミング教室「Gs ACADEMY 福岡」に通い始めてから。そうしてよりいっそう、人が減っても大丈夫な社会を作る、それがテクノロジーを使えばできるかもしれない、という自信が芽生えていったんです。

Gs ACADEMY時代
Gs ACADEMY時代

「おお、動いた」土日で作ったアプリに市役所の仲間から反響

―そんな中、LINEに画像を送ると、3秒で文字起こしをするサービスの発想に行き着いたのはなぜでしょうか。 

解決すべき課題は山のようにあり、しかも増えていっている。一方で、その課題に立ち向かう人の数は、役所も地域も会社もどんどん少なくなっている。だとすれば、一人ひとりの創造的な時間を増やさないと、早晩詰んでしまいます。単調な作業や価値を生んでいない議論に時間を割いている余裕は、もう僕らには残されていない。これは市役所に僕自身席を持たせてもらっているからこそ気づいたことです。

そこで、せっかくプログラミング教室で学んだことを活かすなら、地方で働く人の創造的な時間を増やすものを作ろうと。細かく、単純で、時間だけがかかる仕事、その最たる例がパソコンでの入力作業でした。 

「文字起こしばりぐっどくん」の開発には、実は1週間もかかっていなくって、ほぼ土日だけで作りました。これならプログラミング教室で学んだ知識で自分でも作れそうだ、もしかしたら市役所の人も喜んでくれるかもしれないと思えて、簡単なものをパッと作ってみたら、意外とできてしまった。「おお、本当に動いたぞ」って(笑)。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

エンジニアの人から見れば、大した技術は使っていません。すでに世の中にある技術の組み合わせです。

書類の画像からそこに書かれた文字情報を認識するのにはGoogle Cloud Platformの画像認識サービス「Cloud Vision」、ユーザーとLINEでやりとりする仕組みには「LINE Developers」を使い、それら2つのシステムは、Node.jsというところにプログラムを置いて制御して・・・。

たぶん、今僕が住む街の課題を解決するくらいなら、ものすごい最新のテクノロジーとかそんなにいらないんだな、と思います。むしろ、今ある技術をどう使うか、が大事

それで、「こんなの作りました」ってでき上がったアプリのプロトタイプを市役所のチームにシェアしたら、「面白い!」って反応が返ってきて。そんなふうに言ってもらえるなら、他の人も喜んでくれるかもしれない、正式に外に出してみようかなと思って、アプリを公開しました。

すると、Twitterでつぶやいたくらいだったのに、あっという間に登録者が300人くらいになって。それからニュースで取り上げられたり、SNSで広がったりして、いまや44,618人・・・(取材時点)。西海市の人口、28,000人を超えたときは嬉しかったです(笑)。

―なぜ、「文字起こしばりぐっどくん」はそんなに好評だったと思われますか?

まずは機能でしょうか。今まで手作業でやっていたことを自動でやってくれるということ。「インターネットは、調べればなんでも出てくる」と言われるけれど、それは1995年以降の話。それよりもっと前の歴史や知見は、ほとんど紙でしか残っていません。でも、その紙を持つ市役所や出版社、新聞社などは、それをデータ化していないので活かしきれていなかったんです。

僕は「ばりぐっど」という西海市の情報を発信するメディアも運営しているのですが、やっぱり思うんですよ。老舗のメディアが持っている情報、作るコンテンツはすごい。あれは僕ら小さなベンチャーがすぐに真似できるものではない。長年の取材、経験、リレーションがあって作れているコンテンツがたくさんあるわけです。そうした業界が次の未来を作るのに少しは貢献できているのかもしれません。

新規事業に必要な「耳栓をする勇気」。“みんなとやる” は手段

それと、アイデアを着想して、すぐにプロトタイプを作ったのもよかったと思います。Gs ACADEMYで言われていたのが、「デプロイ(公開) or die(去れ)」。しのごの言わず作れ、ということ。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

それに、今回は人にあまり相談せずに作ったんですよ。一人じゃなく、みんなから意見をもらって作ると、100101にすることはできるだろうけど、桁違いのなにか、イノベーションなり、パラダイムシフトを起こすのは難しいだろうな、とも思っていて。みんなが「正しい」って言うことが、本当の課題解決には届かないことは往々にしてあるなと。

だから、みんなとやるのは手段だ、と割り切りました。議論のための議論をするほどの時間的余裕は地方にはない。「喋る人」じゃなくて「やる人」にならないと、田舎で価値は生めない。これは、自治体に限らず、企業にも言えることではないでしょうか。

たぶん、小さくとも「これ、できました」って出したほうが、いいんです。人は、すでに動いているものには力を貸しやすい。逆に、まだ動いていないアイデアには評価も批判もしようがない

それに、アイデアがどんなに良かったとしても、プレゼンテーションの際の伝え方が良くなかったというだけで、アイデアまでも潰されてしまうことだってある。「文字起こしばりぐっどくん」も、パワポの資料を用意して、「文字起こしをしてくれるサービスです」って言っても、まわりの人たちにはうまく伝わらなかっただろうと思います。

だけど、僕が事業作りについて常々感じているのは、一つのことをずっと考え続けてきた人と、初めて聞いて「それはちょっと無理では?」と言う人とでは、考えてきた総量が当然、違うということ。だから、ある程度は「耳栓をする勇気」が必要。時代的にプロトタイプを作ることって簡単になってきていますから、まずは作って見せるのが一番じゃないでしょうか。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

「自分は何者か」を決めない。分野をジャンプし、貢献していく

―不思議に思うのですが、なぜ技術的には可能なのに、これまで「文字起こしばりぐっどくん」のようなサービスを作る人が出てこなかったのでしょうか。

 IT業界から外に出ようとする人が多くはなかったからではないでしょうか。IT業界の中だけでなにかを突き詰めることに没頭している人が多いんだと思います。それは良い意味で、ITの世界がとても楽しいからこそ。

だけど、世の中の人口は非ITの人たちが大半を占めていて、しかも、そこではまだモノごとは大きくは変わっていないと感じます。トヨタがGoogleを競合として捉えたり、パナソニックが住宅事業を始めたりとかっていう非IT業界のIT的な動きにしたって、出てきたのはここ数年のこと。ITによる変革って、大部分はIT業界の「中だけ」で起こっていることなんです。 

ただ、当然、技術をバージョンアップさせていき、サービスという形にできるのは、やっぱりITの人ですよ。「文字起こしばりぐっどくん」にしたって、想像以上に利用者が増えて、サーバーがやられたときに助けてくれたのは、Gs ACADEMYの先生ですし。

僕自身、活躍するエンジニアの人を見て、かっこいいなって思います。だけど、現時点で僕自身が社会に求められているのはそこではないなと。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

僕ってこれまで、結構いろんな業界にいたんです。新卒で最初の3年間は銀行員、そのあとメロンパン屋さんを自分で始めて、女子高生からおじちゃん・おばちゃんのマネジメントまでやって。そのあと街づくりの一環で観光事業や人材育成の教育プログラムを作ったり。だから、ITを行政に活かすって思えたのかもしれません。

分野を超えるって、面白いんです。「エンジニアじゃないのになんでプログラミングをやろうと思ったの?」ってよく聞かれますけど、そういうことじゃなくって。僕の中では「人がいなくても大丈夫な社会づくりに貢献したい」、ずっとそのために仕事をしているだけなんです。

それに、これからの時代は、いろんな分野をジャンプしたほうが、自分の価値が高くなると思っていて。むしろ、自分は行政の人だとか、プログラマーだとか、「自分は何者なのか」を決めるのは、少なくとも僕にとってはリスク。変わることは全然怖いことじゃない、これからも分野を超える勇気を失わずにいたいですね。

株式会社西海クリエイティブカンパニー 取締役 宮里賢史

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[取材・文] 水玉綾 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 拝崎麻衣

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